ミセスグリーンアップル『ダーリン』歌詞の意味を考察!NHKの18祭で披露された名曲

ミセスグリーンアップルが2025年に入り、最初にリリースした曲『ダーリン』

この楽曲はNHKの18祭で披露され、感動を呼び、大きな話題となりました。
NHKの18祭で使用される楽曲は毎年どの曲も名曲で、好きな曲ばかりでしたが、今回のミセスのダーリンは圧倒されました。
スケールが大きく、感動も大きい。
これまでミセスグリーンアップルは短い期間の間に新曲をリリースしてくれて、こちらも飽きることなくミセスグリーンアップルの曲を聴き続けられることに本当に感謝ですが、今回のダーリンはこれから何回聴き直しても飽きないくらいの名曲であると思います。
そしてなんといっても歌詞がいいです。
ここまで人にピッタリと寄り添える歌詞が書ける大森さんにはすごいの一言です。
今回はそんな『ダーリン』の歌詞の意味を考察していきたいと思います。

この記事の目次
ミセスグリーンアップル『ダーリン』歌詞の意味を考察

ここからは、ミセスグリーンアップルの楽曲『ダーリン』の歌詞の意味を考察していきたいと思います。
負けない何かが欲しいと誰もが抱える葛藤を歌う
NHKの18祭で制作され、18歳の若者1000人と一緒に歌う楽曲は、18歳世代の人達からの様々な想いを聞いて制作されています。
そのため歌詞の内容には18歳の人達が感じる思い、抱えている悩みなどが反映されている歌詞になっています。
しかし曲を聴いてみると、どの世代にも共通して心に刺さる曲になっているのではないでしょうか。
それは、18歳より下の世代も同じ思いを持っているということでしょうし、18歳より上の世代でも、昔はそういう気持ちあったなと思いだしたり、年を重ねて何歳になってもこの頃の思いは変わらずに抱えているという人もいると思います。
また、自分の子供もこういう気持ちになっているのかと、親目線でも感じることは多いかもしれませんね。
『ダーリン』は「負けない何かが欲しい」「"私"だけの愛が欲しい」という歌詞から始まります。
人は周りの人よりも秀でる才能というものを、心のどこかで欲しているものだと思います。
そういう才能があったら気持ちいいだろうなと思いますし、ひょっとしたらヒーローになっているかもと、妄想を働かせたりもします。
そういう才能があれば、周りと比べて自分は劣っているなとか、周りよりもダメな人間だなと感じて落ち込むことはないでしょう。
「あれこれ理由が欲しい」「"私"だけ独りのような寂しい夜には何に抱きつけば」とありますが、周りよりも自分はダメな人間なんだと深く落ち込む時もあると思います。
周りに負けない何かがあればそれにすがり、自信となって、落ち込む自分を克服することもできるかもしれませんが、それがない人は落ち込んだ時、何にもすがるものがなく、寂しい時にはどうしたらいいのかという葛藤を歌っています。
「夜」という言葉は、気持ちが落ち込んでいる比喩表現としてよく使われる言葉ですし、夜一人になった時こそいろいろ考えてしまう時間でもあると思うので、寂しい夜という言葉の中には様々な感情が込められているのだと思います。
「羨ましい」「ただ虚しい」と、周りと比べて落ち込んだり、人を羨ましがったりしてしまうということは、どんな人でもよくある感情だと思います。
ただ、10代の頃、学生の頃に一番強く抱える感情かもしれませんね。
「嫌われたくもない」というのもみんな感じることだと思いますし、自分を嫌いになりたくない、どんな自分でも自分を好きいたいという気持ちは、すべての人の中に潜在的に持っている気持ちだと思います。
ただあまり「自分は自分が好き」という気持ちが人に強く伝わるくらい表現してしまうと、周りから煙たがられることもあると思います。
嫌われたくないけど自分を好きでいたいという歌詞は、そういったことを表現しているのかもしれません。

darling(ダーリン)「愛しい人」とは誰か
サビに入ると、darling(ダーリン)に対して、僕の背中に乗って泳いでと語りかけます。
darling(ダーリン)とは「愛しい人」という意味です。
私は最初この曲を聴いた時、ダーリンとは自分の中にいる悩める自分のことを表していて、もう一人のポジティブな自分が「大丈夫」といっている曲なのかなと思いました。
ただ、ボーカルの大森さんのコメントの中に、愛しい人という意味の「ダーリン」を歌いながら周りにいる人たちへの愛を伝えることはとても素敵という話がありました。
それを踏まえると、darling(ダーリン)とは、周りで自分のことを支えてくれている人のことを指しているのかなと思います。
それは友達、家族、恋人、お世話になった人、誰のことを指しているのかは、聴いている人によって変わってくるでしょう。
これも大森さんのコメントの中にありましたが、苦しい、寂しい、嬉しい、楽しいという気持ちは相手がいてこそ感じることが多く、それは決して一人ではないということの裏返しだと話していました。
1番のAメロ、Bメロでは「1人」で感じる葛藤や寂しさのようなものを歌っていましたが、実はそういう風に感じるのは「1人」ではないからだと捉えることができるということです。
自分が周りの「1人」で感じている寂しさや葛藤を抱える人に対して、または反対にそのように感じている自分が周りの人に「僕の背中に乗って」と語り、語りかけられているサビの歌詞になっているのだと思います。
落ち込んだ時、どんどん気持ちは落ちていってしまいます。
「誰かの私でありたかった」というのは、誰かのヒーローになりたかったと思ったり、私がいることで安心できると思ってもらえる存在になれたら、自分も嬉しいという気持ちが誰しもにあり、その気持ちを吐露した歌詞になっています。
1人でいると1人だと勘違いしちゃうから、1人にしないでねと周りに訴えているようです。
18祭の中では、その気持ちを共有できる素晴らしさを歌っていたのかなと思います。
2番では自分で決めた道に進んだ後を表現
「大事にしていてもいい?」から始まる2番は、自分で決めた道に進んだ後の気持ちを表現しています。
18歳といえば、高校を卒業して全く新しい環境に進む人がほとんどの年齢だと思います。
新しい環境に進むと、今まで以上に孤独を感じてしまうことが多いと思います。
表面上は明るく元気でいても、それはちょっと無理してて、疲れてしまう時ももちろんあるでしょう。
そういう時に、周りで今まで支えてくれていた人のことやその気持ちを、大事に持っていてもいいかと問いかけています。
2番のBメロの最後「自分で選んだ道でもたまに振り返ってしまう」という歌詞に、共感した人も多いようです。
決めた時は強い気持ちで決めて前に進みだしていますが、順調にいかないことも多く、本当にこの決断は正しかったのかと自問自答してしまうことが誰しもあると思います。
ついついそう思ってしまうことは自然なことであり、当たり前なんだと表現しているのかなと思います。

Cメロからラストのサビで私は私でいいと表現
Cメロで「限りある世の中」と表現しています。
世の中は広く無限の可能性があるように思いますが、出来ることに限界を感じることもよくあるのではないでしょうか。
そんな世の中のせいで自分は上手くいかないと嘆いています。
また時間は自分の気持ちを無視して止まらずに進んでいますが、自分はうまくいかないことで、自分の今に対して不満を抱えている状態も表しています。
何か辛いことがあると、よく人から「みんな一緒だよ」と言われることがあるのではないでしょうか。
ただ、周りと一緒だからといって自分の中にあるワダカマリや不満が解決するわけではありません。
根本的な解決には周りと一緒ではダメだということです。
この曲がリリースされていた時に18歳だった人たちは、青春時代の半分以上をコロナの影響の中で過ごしました。
普通じゃない制限された世の中で青春時代を過ごしたということは、とてつもないワダカマリを抱えていたのではないでしょうか。
そして「みんな一緒」と言われたことも多かった思います。
そういった気持ちもミセスは代弁してくれているような歌詞になっていますね。
最後のサビでは「本当の音を聴いて」とあります。
「本当の音」とは「本音」のこと。
自分の中にある正直な気持ちを吐き出すことの大切さを歌っています。
吐き出すことで、過去(やるせない日々)が消えるわけではありません。
でもそんな日々が今の私を作り上げていると、ポジティブに捉えることもできるかもしれません。
一番最後の「あの子にはなれないしなる必要もない」という部分は、これまでも同じような表現の楽曲はあったと思います。
しかし「あの子にならなくてもいい」」ではなく「なる必要もない」と歌うことで、自分はこのままでいいという気持ちを強く持つことができるように感じますね。

まとめ

今回は、ミセスグリーンアップルの『ダーリン』の歌詞の意味を考察してきました。
ミセスグリーンアップルの『ダーリン』は、孤独に感じる人すべてに寄り添い、そのままの自分でいいと歌いながら、周りの愛しい人への愛を歌った名曲になってます。
素晴らしい歌詞に対して、その世界観を完璧に表現された壮大な音が、気持ちをさらに盛り上げてくれます。
この名曲を、2025年だけでなく、これからもずっと聴き続けていきたいと思います。








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