HY『恋をして』歌詞の意味を考察!366日のアンサーソングは映画の主題歌!

HYの楽曲『恋をして』が、新たなHYの代表曲となるかもしれません。
自身の大ヒットした楽曲『366日』からインスパイアされたオリジナルラブストーリーとなる、映画『366日』の主題歌となっています。
HYの『366日』は、好きなのに別れてしまう切ない歌詞となっていて、映画の『366日』も切ない内容の物語となっているようです。
今回の『恋をして』は、そんなHYの楽曲『366日』のアンサーソングということにもなっています。
そういった中で今回のHYの楽曲『恋をして』はどのような歌詞の内容になっているのか、気になるところですよね。
そこで今回は、HYの楽曲『366日』の歌詞の意味を考察していきたいと思います。

映画「366日」オフィシャルフォトブック

恋をして
この記事の目次
アンサーソングのHY『恋をして』歌詞の意味を考察

ここからは、HYの楽曲『恋をして』の歌詞の意味を考察していきます。
もしも貴方に選ばれなくても恋をした思いを歌う
HYの楽曲『恋をして』は、「もしもあなたに選ばれなくても」「もしも貴方が誰かを愛しても」から始まり、それでも恋をしたと歌っています。
好きな相手が自分のことを好きではなくても、片思いになったとしてもやっぱり私はあなたが好きという、この曲の主人公の強い思いが最初から分かります。
そして「もしも貴方に出逢わなかったら」「もしもあの時そこに居なければ」今の私はいないと続けて歌っています。
それだけこの曲の主人公にとって、好きな相手は人生において大きな影響力を受けているという風に感じます。
付き合っていた頃の思い出を1番のBメロで歌う
1番のAメロでは、この曲の登場人物二人は付き合っているのか、片思いのままなのかが分かりませんが、1番のBメロを聴くと、2人は付き合っているのだと分かります。
相手の横顔を見たり、一緒に歌ったりと、付き合っているからこそ見ることが出来る光景が1番のBメロでは歌われています。
付き合っている2人のごく普通の生活を切り取って歌っていますが、その何気ない生活の中に幸せがあり、2人はそんな何気ない幸せをたくさん共有してきたということが分かります。
ここまでは付き合っている幸せを歌った楽曲となっていますね。
好きになる痛みを思い出したサビ
サビに入ると、「痛み」という言葉が出て来ます。
人を好きになると、両想いになって付き合っていればいいですが、片思いであったり、好きで両想いなのに一緒にいることが出来ていなかったりすると辛く感じてしまいます。
そういった想いのことを「痛み」と表現して歌っています。
この歌の主人公は、しばらく恋をしていなかったのかもしれませんが、「貴方が思い出させたの」とあるように相手を好きになって痛みを思い出したと歌っています。
相手のことを好きになり、その後付き合って恋愛して、その恋愛の中身が辛いものであったとしても、それでよかったと歌っています。
それだけこの恋愛が自分の人生において大事なもので、その後の人生に大きな影響を与えたことは分かります。
2番に入ると別れの歌になる
2番のAメロに入ると、2人に別れが来るかもしれない、別れが来たらどうするといった歌詞になります。
もしも2人に別れがきたら、その時は悲しんで落ち込んでしまうのではなく、迷わずに前に進んでほしいと歌っています。
恋が終わることでずっとその恋を引きずるのではなく、ちゃんと止まらずに生きていってほしいという思いが込められています。
その終わりというものが、どのような終わり方を指しているのかはわかりません。
ただ「先に歩き出して」という言葉から、普通に別れて失恋したのではないようには思います。
「もしも突然終わりがきたら」も、付き合っている2人が別れる時には使わない言葉ですよね。
ここでの終わりは、1人がこの世を先立ったり、生きていても好きでいても会えないもっと違う理由を歌っているようです。
2番のBメロに入ると「好きという気持ちだけでは続かない恋もある」と歌っているところでも、好きなのに会えなくなっている状況が分かります。
好きで2人とも元気で問題なければ恋は続きますからね。
2人は同棲していて、2人が生活していた部屋があり、その部屋に思い出がたくさん詰まっていることも2番のBメロから分かります。
その思い出を「愛されていた証」と表現していて、より好きなのに恋が続かなかった切なさが際立って聞こえますね。
2番のサビで一人になってしまったことがはっきり分かる
2番のサビを聴くことで、この歌の主人公は1人になってしまったことが分かります。
「一人になると感じる貴方がくれた愛の重さを」という部分が、はっきりと1人になったことを表現していて、「愛の重さ」という表現が、本当に相手のことが好きだったということがずっしりと伝わる歌詞になっていますね。
2番の最初では「もしも」をつけてまだ2人でいる時の会話であることが分かりますが、その時すでにこの歌の主人公は、このまま2人でずっといることができなくなる何かを分かっていたということになります。
別れても好きな存在であることを表現
「どの道を選んでも」「どの答えにしても」という歌詞の部分から、2人は一緒にいることが出来なくなり、それは悲しいことだが、どんなことがあってもやっぱり相手のことは好きになっただろうと、強い愛を感じる歌詞になっています。
過去の人生には様々な選択肢、分かれ道が存在していますが、どの道を選んでも必ず相手のことは好きになっていたというのは、とても真の太い思いなのだと分かりますね。
ラストのサビで恋ができた感謝を表現
ラストのサビでは、「忘れたい痛み」「忘れたくない想い」という風に、2人でいた頃の思いを振り返っています。
付き合っていた時の思い出は大切なものですが、その思い出があるからこそ1人になった時に感じる辛さがあります。
忘れたくはない思い出ですが、辛い思いはしなくないという葛藤が見受けられる歌詞になっています。
「二人で笑ったこの道」「一人で歩く思い出の道」という歌詞にある道というのが思い出であり、二つを対比させることで切なさが溢れてくる歌詞になっています。
ただ、その痛みも、大好きな貴方と出会える喜びの方が勝つので、痛みは何度来ても大丈夫と歌います。
それぐらい愛した人であり、貴方以外にはもういないと言い切っています。
最後に「ありがとう」と歌い、愛することができた相手に対して感謝し、恋をして、その恋に対して感謝しているようです。
まとめ

今回はHYの楽曲『恋をして』の歌詞の意味を考察してきました。
『恋をして』は『366日』同様、恋の歌であり、この歌の登場人物は最後には一緒にいないことが分かりますが、『366日』は悲しい状態で終わっているのに対し、『恋をして』はありがとうと、恋が出来たことを感謝していることが分かります。
HYのコメントの中にも、『366日』から成長した二人を感じ取ってもらえたらと話していて、『恋をして』リリースまでの間にリスナーも成長して感じることが変わったのではといった意味も含まれているように感じました。
『366日』のアンサーソングとしての役割も、歌詞を読むとしっかりと見えてきますね。
映画『366日』もかなり切ないストーリーとなっているようで、映画と合わせて聴くことで魅力がさらに高まる楽曲となっていると思います。








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