『なんでもないよ、』歌詞の意味を考察!マカロニえんぴつ自身トップの再生回数の楽曲

マカロニえんぴつの楽曲『なんでもないよ、』は、2021年11月にリリースされた楽曲です。

リリースされてしばらく経った今も人気が高く、特に歌詞の世界観は多くの人の共感と感動を生んでいます。
ストリーミングの再生回数はマカロニえんぴつの楽曲の中ではトップの楽曲で、マカロニえんぴつではもっともヒットした楽曲となっています。
そこで今回はマカロニえんぴつの楽曲『なんでもないよ、』の歌詞の意味を考察していきたいと思います。

この記事の目次
マカロニえんぴつ『なんでもないよ、』歌詞の意味を考察

ここからは、マカロニえんぴつの楽曲『なんでもないよ、』の歌詞の意味を考察していきます。
自然体でいられる日常の幸せ
僕には何もないな 参っちまうよもう
とっておきのセリフも特別な容姿も
きみがくれたのは愛や幸せじゃない
とびっきりの普通と そこに似合う笑顔だ
自分に自信がなくて取り柄もないと感じている、この歌の主人公の素直な気持ちの吐露で、「参っちまうよ」は、そんな自分に嫌気がさしたり、情けなかったりする気持ちが表れています。
誰かを惹きつけるようなかっこいい言葉や、外見的な魅力もない、と自分を卑下したような言い方までしています。
主人公は誰かと付き合っていて、その人からは「愛」や「幸せ」といったドラマチックなものではなく、「とびっきりの普通」をくれた、というとてもい印象的な表現をしています。
これはきっと、派手な出来事や言葉よりも、日常のなかで安心できる穏やかな関係、ささやかな笑顔こそが二人にとって大切だったということ。
特別じゃなくても、それが主人公にとって一番しっくりくる幸せだったと歌っているようです。
僕でよかったかい?こんな僕でよかったのかい?
なんて訊いたりしないよ、だって君がよかったんだ
そんな僕の予感なんだ
自信のない自分でも本当に君にふさわしかったのかな、と心の中では思うものの、それを口にするのはやめておこうという決意が見えます。
なぜなら、自分がどうであれ「君がいい」と思った気持ちが本物だから、だから疑わない、という強い愛情と覚悟がにじんでいます。
これは「きっと君もそう思ってくれているんじゃないか」というささやかな希望や予感とも取れますし、そんな風に感じられるくらいに心が通い合っている、という意味にも取れます。
からだは関係ないほどの心の関係
言葉が邪魔になるほどの心の関係
体の関係(フィジカルなもの)以上に、心が深く結びついていることを表現しています。
また、言葉さえ不要になるくらいに理解し合えている関係性。
沈黙すら心地よくて、説明しなくても分かり合える深さを感じさせます。

サビで言葉では言い表せないくらい大切な存在を表現
会いたいとかね、そばに居たいとかね、守りたいとか
そんなんじゃなくて ただ僕より先に死なないでほしい
よく恋愛で口にされる「好きだからこそ言うセリフ」を一度否定している部分で、たしかに会いたい、そばにいたい、守りたい…そういう気持ちはあるけれど、この関係のもっと深い部分を言いたいのだ、というニュアンスが込められています。
そしてものすごくシンプルに「先に死なないでほしい」と本音の願いが出ています。
ドラマチックな愛の言葉より、「君に長く生きていてほしい」「自分より先にいなくならないでほしい」、といった喪失の怖さ・存在そのものの大切さが表れています。
愛情のもっと根源的な、本能的な感情が歌われています。
そんなんでもなくて、ああ、やめときゃよかったな
「何でもないよ」なんでもないよ、
それさえもうまく言葉にならない、言ったとしても「やめておけばよかったな」と思うくらいに、言語化することが恥ずかしい、難しい、本心すぎてうまく伝えられない気持ちがにじんでいます。
でも結局はすべてを「何でもないよ」とごまかしてしまう。
本音を伝える勇気がなかったり、言ってしまうと壊れてしまうかもしれない怖さだったり、自分の気持ちが大きすぎて恥ずかしかったりで、だから「何でもない」と飲み込んでしまう。
でも実は、それがとても大きな愛情の形なんだということを表しています。
「恋」としての愛情表現を超えて、生きていてくれることそのものを願うような気持ち、でもそれをうまく伝える自信もなく、「何でもない」と取り繕ってしまう、その心の葛藤が、とてもリアルで人間らしい表現となっています。
僕には何もないな、ってそんなこともないな
君の本気で怒った顔も呑気に眠る顔も
きっとこの先いちばん映していくこの目
君の大きい笑い声をきっと誰よりも
たくさんきけるのは僕のこの耳
2番は、これまで「自分には何もない」と卑下していた主人公が、ふと「いや、そんなこともないかもしれない」と思い直しているところから始まります。
それはきっと「君」の存在や関係のおかげで、自分にとって大事なもの・意味のあることが見えてきた、という心の変化を感じます。
君のいろんな表情(怒った顔、眠る顔)を、これから誰よりも、いちばんたくさん見つめていけるのは自分の目だ、と歌っています。
つまり、二人のこれからの長い時間を共に過ごしていくというささやかだけど確かな願い。
特別なことじゃなく、日常の何気ない表情を見られることが幸せ、という価値観がとても素敵な表現になっています。
君の笑い声を一番たくさん聞いていくのは自分だと歌い、これも派手な愛の言葉ではなく、日々の積み重ねのなかで「君」と一緒にいられる喜びが表れています。
こうした「ささやかなけれど確かな幸せ」を主人公が大切にしていることが分かります。
からだは関係ないほどの心の関係
言葉が邪魔になるほどの心の関係
最後のサビで普通の中にある大切さを表現
会いたいとかね、そばに居たいとかね、守りたいとか
そんなんじゃなくて ただ僕より先に死なないでほしい
そんなんでもなくて、ああ、よしときゃよかったか
「何でもないよ」
最初のサビでも歌われた歌詞が歌われています。
恋愛でよく使われるような愛の言葉を越えて、もっと深い「先に死なないでほしい」という表現です。
うまく言葉にならず、結局「何でもないよ」でごまかしてしまう、愛情が深いほど言葉が追いつかない、そんなもどかしさが描かれています。
会いたいとかね、離さないから離れないでとか
そんなんじゃなくて
そんなもんじゃなくって、ああ何が言いたかったっけ
「何でもないよ」なんでもないよ、
君といるときの僕が好きだ
サビの最後の方もまた同じように、言葉にしようとするけれど、うまく整理がつかず、言いたいことすら分からなくなってきている感じが表現されています。
愛がありすぎて、深すぎて、ありきたりな言葉では表現できないからこそのもどかしさ、それでも気持ちが溢れてしまっている気持ちが表現されています。
そして最後に、すごくシンプルだけど、主人公の本心がぽろっと出ています。
「君が好き」でも「君を守りたい」でもなく、「君といるときの自分が好き」という言い方。
つまり、君のそばにいることで自然な自分でいられる、自分自身も肯定できる、そういう関係性こそが、この主人公にとって本当に大切で、一番飾らず、素直な告白の言葉が最後にぽんと出ている印象的な部分になっています。

まとめ

今回は、マカロニえんぴつの楽曲『なんでもないよ、』の歌詞の意味を考察してきました。
『なんでもないよ、』は、派手な愛情表現や理想ではなく、ありふれた日常の中で自然に育まれていく、静かで深い愛が表現された歌詞になっていました。
特別な出来事より普通の積み重ねに価値があり、言葉では言い表せないほど深い愛、不器用で照れくさいけれど本物の愛が歌詞の中にうまく表現されています。
そして自己否定から始まっているこの楽曲は、「君」といる自分が好きと、自己肯定で終わっています。
自然体でいられる自分を好きになっていくという自分への気持ちも表現されているところがとても素敵な歌詞です。
なんでもないような歌詞が並びながらも、ここまで深い愛を歌うことができる、マカロニえんぴつの素晴らしさが詰まった楽曲になっていますね。








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