ちゃんみな『SAD SONG』歌詞の意味を考察!ノノガメンバーとのTHE FIRST TAKEが話題

ちゃんみなさんの楽曲『SAD SONG』は、2019年にリリースされたアルバム『Never Grow Up』の初回限定盤に収録されたロックバラードです。

楽曲自体は少し前の楽曲になりますが、2025年にガールズグループオーディションプロジェクト「No No Girls」のファイナリスト10名と共に『THE FIRST TAKE』でパフォーマンスされ、話題となりました。
静かなイントロ、Aメロに対し、ノリのいいサビがかっこよく、何度聴いても飽きがこない、多くの人に刺さる名曲になっていると思います。
『SAD SONG』というタイトルが、悲しい意味を持つようなタイトルですが、この曲は、ちゃんみなさんが支えてくれる人々への感謝を込めて制作された楽曲とのことです。
そこで今回は、ちゃんみなさんの楽曲『SAD SONG』の歌詞の意味を考察していきます。
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この記事の目次
ちゃんみな『SAD SONG』歌詞の意味を考察

ここでは、ちゃんみなさんの楽曲『SAD SONG』歌詞の意味を考察していきたいと思います。
ちなみに『SAD SONG』ですが、ちゃんみなさんが当初リリースしたオリジナルの楽曲と、THE FIRST TAKEで「No No Girls」の最終オーディションのファイナリスト10名と披露した楽曲とは歌詞の内容が一部変更されていますが、今回はオリジナルの歌詞を紹介します。
大切な人との再会や新たな出会い
Did you see that beautiful moon and stars?
前見た時より綺麗だ
Hello how are you はじめまして
ずっと会いたかったんだよ
Aメロの最初は「きれいな月と星、見た?」
これは美しい夜空、ロマンチックな情景を通して相手と同じ景色を見たい・共有したいという願いが感じられます。
お互い時間や距離が離れているように感じます。
そんな月や星が「前に見た時よりも綺麗だ」と歌うことで、同じ月や星でも、今は感情や状況が変わっていることを示しています。
相手に会えたことで世界が美しく見えるという、感情の変化が込められていますね。
「こんにちは、元気? はじめまして」と、一見矛盾しているこのフレーズは、久々に会うけれど、まるで初めて出会うような気持ちを表しているのかなと思います。
距離や時間を経た「再会」の感覚、あるいは「はじめて深く繋がった」という心情を表現しているようです。
「ずっと会いたかったんだよ」と歌うことで、長く会えなかったことへの寂しさ、やっと会えた喜びが率直に伝わってきます。
君に会うまでの間
少しだけ心配してた
でも君はなんて事ないって顔してる
相手がどうなっているか不安だったけど、会ってみたら変わらず笑っていて安心したという場面。
再会への緊張感と、無事な姿への安堵感が描かれていますね。
ずっとそばにいてよ
こんなご時世にさ
そんなわがままダメなのかな
現代社会の不安や孤独の中で、「そばにいてほしい」と願う心の叫びが感じられる歌詞です。
「わがまま」と自分で言いながらも、それでも一緒にいてほしいと願う、不安と願望が入り混じった感情が滲み出ています。

大切な仲間との別れ
This is a fxxking sad song for you guys It’s fxxking hard to say it, goodbye
So tell me
この夢が終わる時はそっと教えてね
サビの冒頭では「これはあなたたちのためのくそみたいに悲しい歌、さよならって言うのは本当にしんどい」と歌っています。
冒頭から強い言葉(fxxking)を使うことで、感情の激しさとリアルさがダイレクトに伝わります。
「sad song」と歌いながらも、その裏には別れをどうしても受け入れたくないという心の叫びがあります。
「夢」とは、仲間と過ごした時間や追いかけてきた道の比喩。
それが終わるときには、急に終わってしまうのではなく、やさしく教えてほしいという、別れを恐れる気持ちと繊細さが表れています。
『THE FIRST TAKE』の中で、ちゃんみなさんは、この曲は仲間と一緒に追いかけていた日本武道館で初めてライブをするという時に、そこを追っかけて切磋琢磨してきた日々が永遠に続くものではないかもと思った寂しさと、永遠に続いてほしいと思った子供っぽさといった、幸せすぎて悲しいといった経験から作られた楽曲だと語っています。
その思いがこのサビの歌詞の中に濃く詰まっているなと感じます。
ちなみにサビの歌詞の「fxxking」が、YouTube的にふさわしくなかったのか、『THE FIRST TAKE』の中では「freaking(異常な)」という歌詞に変更されています。
This is a fxxking love song for you guys
さよならはまだ先でしょう
もう少しこうしてたい
できるだけ
最初「sad song」と言っていたのに対して、ここでは「love song」と表現しています。
つまり「別れの歌」でもあり「愛の歌」でもある。
別れの悲しさ=それだけ深い愛があった証拠。
「さよならはまだ先」と言いながら、少しでも長く一緒にいたいという気持ちがひしひしと伝わります。
「できるだけ」には、現実に抗えない切なさも含まれており、時間の限界を意識しているようにも見えますね。
命が終わっても自分の音楽と愛だけは永遠に届いてほしい
本当のこと教えてよ
後で悲しみたくないの
例えば君の正体は
お化けだったとかさ
信じたいけど、裏切られるのが怖いといった想いがあり、愛する相手や大切な存在の“真実”を知っておきたいという防衛本能が描かれています。
あとから傷つくくらいなら、今のうちに事実を教えてという切実な思いを感じますね。
現実にはあり得ない極端な例を出していますが、どんな真実でも、受け止める覚悟が表現されているようです。
「お化け」という比喩は、怖くても、本当は信じたいし、それでも一緒にいたいという矛盾した感情の象徴でもあります。
でもきっと今のところ
それでもいいってくらい君が好きだ
ほら見てそんな感じで笑うから
相手の真実が何であれ、そんなのどうでもよくなるくらい好きだという深い愛情を感じます。
「そんな感じで笑うから」に込められたニュアンスは、相手の無邪気さや温かさが、すべてを許せてしまう力を持っているということでしょう。
この笑顔は、魔法のように、恐れや疑いすら溶かしてしまう存在として描かれています。
変な話だよね
背が止まる頃に
永遠って言葉を疑うのかな
「背が止まる頃」は思春期の終わり、つまり子供から大人への移行期を表しています。
それまでは信じていた「永遠」や「変わらないもの」が、成長と共に疑わしくなる。
つまり、純粋だった心に現実が入り込み、永遠という概念が揺らぎ始める瞬間を表現しています。
願うならこんな私が
死んでもこの愛だけは
せめて
残って咲いてますように
「こんな私」という言い回しは、自己評価の低さ・未熟さ・不完全さへの自覚がありながらも、それでも本気で誰かを愛した、その愛だけは残ってほしいという切なる願いを表しています。
自分は消えても、愛という種は誰かの心で花を咲かせていてほしいという、儚さの中に強さと希望がある詩的な表現になっていますね。
今はただこんな私の
この音とこんな歌声を
信じていて欲しいんだ
できるだけ
ちゃんみなさんにとって音楽こそが自己の証明であり、生き様そのものなんだと思います。
「信じていて欲しいんだ」という言葉には、アーティストとしての覚悟と、リスナーや仲間、世界に向けた信頼などの思いが込められているように感じます。
最後の「できるだけ」には、「永遠にとは言わないけど、せめて今だけでも」「少しでも長く」という控えめだけど強い願いが感じられますね。

ラストに向けて限りない愛を歌う
It’s hard to say it
I can’t say it
I never say it
I don’t want to say it
It’s hard to say it
I can’t say it
「それを言うのは辛すぎる 言えない 絶対に言わない 言いたくなんてない」
「もう終わりが近いけど、どうしても受け入れられない」というメッセージを感じます。
別れへの抗い、言葉にした瞬間、何かが壊れてしまう怖さ、でもその現実が近づいているという焦燥が表現されています。
永遠って事にしておこうよ
このままずっと笑いあってよう
子供みたい永遠なんてないとか
なんて言われても関係ない
もしもこの夢が覚めたとして
もう一度歌って叫んででもI cannot say it
さよならはできないから
本当は“永遠”なんて存在しないと知っていても、せめてこの瞬間だけでも“永遠”と呼びたいし、信じたいという、嘘でもいいから希望にすがりたいという切実な感情が滲みます。
「今がかけがえのない瞬間だからこそ、永遠にしたい」という愛の表現ですね。
一緒に笑い続けていたいという、シンプルだけど一番大切な願いです。
永遠とは「変わらず笑い合える関係」のことなのかもしれませんね。
「永遠はない」と大人たちは言うかもしれないけれど、私たちは“今の気持ち”を信じていたいんだという、真っすぐで強い意志を感じます。
「子供みたい」という自嘲的な言い方がかえって、純粋さと信じる力の強さを引き立てています。
「夢が覚める」はこの関係や時間が終わる、「もう一度歌って叫んででも」は終わっても、何度でも音楽を通して伝えようとする強さと執着を感じます。
「I cannot say it」はここまで何度も繰り返された“さよなら”を言えないという言葉。
「さよならはできないから」と歌い、結局、最後まで「さよなら」は言わないという決意で曲を締めくくられています。

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まとめ

今回は、ちゃんみなさんの楽曲『SAD SONG』の歌詞の意味を考察してきました。
『SAD SONG』は、「別れが来ると分かっていても、永遠を信じたい」「さよならが言えないほど、愛してる」といった、限りない愛を歌っている楽曲でした。
いつまででも聴けるような、素晴らしい楽曲だと思います。
この歌詞が『THE FIRST TAKE』の中で、ノノガのメンバーと歌うことでまた違った感動を呼んでいます。
オリジナルもTHE FIRST TAKEも、どちらも楽しんで見て下さい。








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