ミセス『私』歌詞の意味を考察!「キリン 午後の紅茶」CM「奇跡の前夜」篇に起用

Mrs.Green Appleの楽曲『私』は、2016年1月13日に発売された1stフルアルバム『TWELVE』に収録されている楽曲です。

ミセスのかなり初期の楽曲ですが、2025年の冬、「キリン 午後の紅茶」のCMソングに抜擢されています。
CMではメンバー3人が路上で弾き語りをしていて、Snow Manの目黒連さんと共演を果たしています。
CMでは一部しか流れませんが、それだけでも名曲であることはすぐに分かりますよね。
今回はそんなミセスの楽曲『私』の歌詞の意味を考察していきます。

TWELVE(通常盤) – Mrs.GREEN APPLE

この記事の目次
ミセス『私』歌詞の意味を考察

ここからは、Mrs.Green Appleの楽曲『私』の歌詞の意味を考察していきます。
もう戻れない相手との日々
空は深く澄んでて 息は白くて 私は確かに此処で生きている 私は昔から涙脆くて 貴方はその度に側で笑っていた
冬の冷たい空気の描写から始まり、深く澄んだ空は心が静まり返っている状態も示しています。
そんな中で「息が白い」は自分の存在を確認しているようにも聞こえます。
季節が「冬」だというだけでなく、主人公の心が冷たさ・静けさを抱えている状態でもあるようです。
寂しさや喪失を抱えているようですが、「それでも今、確かに生きている」という自己確認の言葉が出て来ます。
冬の空や白い息は“生きている証拠”で、過去の記憶の中で揺れながらも、主人公は「今」に踏みとどまっているということが伺えます。
主人公は弱さや繊細さを自覚しているようで、涙もろいということは、過去の恋の記憶を語るための前置きにもなっています。
そんな泣きやすい主人公を、あなた(相手)は優しく笑って受け止めてくれた人だった。
「笑う」は、馬鹿にするではなく、温かく包む、気丈にさせてくれるというニュアンスで、どこかあなたの優しさを懐かしむ気持ちが含まれています。
二人だけの帰り道 弱さを知れた夜 壊れかけの自転車と 掴んだその手も もう届かない 戻れない いつまでも
恋人同士の特別な共有時間の象徴「帰り道」
学校やアルバイトの帰り、自転車で並んで帰る夕方が思い起こされます。
主人公の涙もろさ、互いの孤独や寂しさ、本音や不安。
“帰り道”で心を開いて、二人が寄りかかり合えていた特別な時間も表現されています。
“壊れかけの自転車”は、以前は二人で使っていた、夕方・夜の帰り道に共有していた思い出、少しボロいけど愛着があったものを象徴しています。
「掴んだその手」は、自転車を押しながらつないだ手かもしれないし、涙を拭いて励ましてくれた手かもしれない。
いずれにしても大切だった“ぬくもり”の象徴となっています。
その手が届かない存在になった、心の距離が離れた、もう会えない関係になったことを歌い、あの帰り道、あの手のぬくもり、あの頃の自分たちに戻れない悲しい現状が歌われています。

言えなかった告白
今更だけど あの時 私は貴方の事が好きでした 凍える冬には 温かいその目が救いでした 貴方が好きでした
本当はあの時、言いたかったけど言えなかった、「好きでした」と過去形で告白しています。
後悔と未練が同じだけ詰まった一文です。
終わった恋を受け止めようとする強さと、まだ消えていない思いの両方が入り混じっているように聴こえます。
凍える冬には、実際の季節の冬と、主人公の心の冬(孤独、不安、弱さ)の二重の意味を感じます。
あなたの優しさ、包むようなまなざし、気遣い、安心感。
それらが言葉よりも「目」によって救われた、それはその人の存在そのものが心の支えだったということが表現されています。
手放す覚悟と手放せない思い
昔見てた景色は どこまでも広くて そこまでの行き方など知りたくはなかった
昔あなたと一緒にいた頃、無限に可能性が続いていくように見えた景色。
“そこまでの行き方”とは、広く広がっていた未来にたどり着くための“現実的な道のり”のことで、未来がどうなるかなんて考えたくなかった、手順や努力より、ただ「あなたと一緒にいた時間」が良かった、子供のように純粋な気持ちでいたという意味が込められているように感じます。
あなたと過ごしていた頃の主人公は、未来よりも“今”が輝いていたということなのかなと思います。
それが後になって「現実を知る必要が出てしまった」という悲しさを暗示しています。
何処かで貴方が鳴らす 足音が早かった 壊れかけの自転車の 捨て方も解った でも忘れずに留めておこう いつの日も 「変わらずに居よう」
“足音が早かった”は
あなたが先へ進んでいってしまったことを示しています。
夢へ向かって進んでしまった、価値観が変わってしまった、別の道を選んでしまった、心の距離が広がってしまった。
あなたは前に進んでいった、私は足並みをそろえられなかった、そんな距離の象徴になっています。
「壊れかけの自転車」は二人の思い出の象徴ですが、壊れかけた関係そのものも表現しています。
「捨て方も解った」というのは、思い出を手放す方法を知った、関係を終わらせる覚悟ができた、もう前に進まなければならないと理解したという意味なのかなと思います。
心が現実を受け入れ始めたという意味に聴こえますね。
「捨て方を知った」けれど、それでも“忘れたくない”
主人公は、完全に手放すわけではなく思い出は心に残しておこうとしています。
きれいごとや未練ではなく、その恋が自分を形作ったからという理由で大切にしているようです。

私は私の人生を生きていい
これからもずっと ここからの夕陽が綺麗であれば これからもずっと 私は「私」を生きてゆける
夕陽は、終わり(過去との別れ)、温かさ(あなたとの記憶)、美しさ(生きる価値や日々の輝き)、明日へと続く夜の前の静かな時間。
つまり夕陽は、過去と未来の間にある“今”そのもの を象徴しています。
夕陽が綺麗であるということは、自分が見える世界にまだ美しさがあるということで、心がそれを感じる余地があるということ。
曲の最初と比べて外、の世界の美しさを感じられるほどに、主人公が回復している状態とも捉えられます。
そして誰かに救われるだけの弱い私ではなく、失った恋に囚われ続ける私でもなく、誰かの手に預ける人生ではなく、自分の意思で、自分として生きていくと宣言しています。
ゆっくりと未来へ踏み出す
花はまだ咲けずに 私もまだ泣けずに 貴方へは届かずとも 人はまた恋をする
まだ吹っ切れていない、前を向ききれていない、新しい幸せの形がまだ見えていない状態。
悲しみが深すぎて涙にならない、自分の気持ちをまだ整理しきれていない、泣いたら完全に終わってしまいそうで主人公はまだ泣くことすらできていない。
ただ、「人はまた恋をする」と歌っています。
「私はまた恋をする」ではないのは、私はまだ立ち直りきれないけれど、それでもいつか恋をする日がくる、それは悪いことではないし、人間として当たり前のことと、自分に言い聞かせているように感じます。
自己肯定の始まり
あの時 私は貴方の事が好きでした 凍える冬には温かいその目が救いでした これから私は 明日も私は ah 確かに此処で息をしてる 私は私を生きてゆく
あの時の私は確かにあなたを愛していたという、自分自身の記憶と心を肯定するための言葉があります。
ただ「確かに此処で息をしてる」と歌っています。
曲の初めは、「あなたがいた日々の中で私は生きている」でしたが、ラストでは「あなたがいなくても、私はここで生きている」へ変化していて、一曲の中で成長していることが分かります。
“自分として生きる”ことを選び、恋が終わっても、自分の人生は続いていくことを自覚しています。

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まとめ

今回はMrs.Green Appleの楽曲『私』の歌詞の意味を考察してきました。
『私』は“私”というひとりの人物の心情を「私」の視点で回想しながら綴るラブソングとなっています。
CMソングで再び注目を受けている名曲を、また楽しんいきたいですね。








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