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『ダイダイダイダイキライ』歌詞の意味を考察!初音ミクと重音テトが歌うボカロP雨良の楽曲

2025年4月24日

ボカロP雨良(Amala)さんの楽曲『ダイダイダイダイダイキライ』は、2025年3月19日にリリースされたシングルです。

エネルギッシュなサウンドと感情的な歌詞が特徴で、初音ミクと重音テトが使用されています。

今回はこのボカロP雨良さんの楽曲『ダイダイダイダイキライ』の歌詞の意味を考察していきます。


ダイダイダイダイダイキライ

『ダイダイダイダイキライ』歌詞の意味を考察

ここでは、雨良さんの楽曲『ダイダイダイダイキライ』歌詞の意味を考察していきます。

怒り、諦め、皮肉、未練を一気に表現

全部 全部 アンタのせいだ

反吐が出るくらいにウザったいわ

強い恨みや怒りの表現から始まります。

誰か(もしくは何か)に全ての不満や苦しみをぶつけていて、感情が飽和している状態です。

生理的に無理、というほどの拒絶感を表しています。

相手への強烈な嫌悪をストレートに吐き出しています。

何かに縋って諂って

期待したアタシが馬鹿だった

「自分が何かにしがみつき、へつらっていた」様子を回顧しているようです。

弱さや依存、あるいは自己否定がにじみ出ています。

そして「信じた私が悪い」と自分に怒っています。

傷つけられたことよりも、自分が相手に期待していたことに対する後悔と自嘲が感じられます。

ご機嫌伺いの八方美人

それ故にアンチな一生Gimme

これは皮肉で、誰にでもいい顔をする「八方美人」な態度を揶揄していて、おそらく相手か、自分自身への批判でもあるように感じます。

「だからこそ、アンチな(皮肉で攻撃的な)人生をちょうだい」という感じですね。

希望や光ではなく、毒を抱えて生きていく決意にも聞こえます。

浅いキャパシティ まいどおおきに

つまるとこ 人生ずっと地味

「浅いキャパシティ」は、心の余裕や器の小ささを意味していて、それに「まいどおおきに(関西弁で“いつもどうも”)」と皮肉をこめています。

社会や周囲に対する嘲笑かもしれません。

すべての感情を吐き出したあとにくるこの一言が、一番リアルな想いなのかもしれません。

波乱があっても結局平凡で冴えない人生、そんな虚無感を感じさせます。

「憎たらしい!」「痛々しい!」

無視出来ないのが一層

腹立たしい 苛立たしい

これは他人に対する攻撃にも見えるけど、自分自身に向けた言葉にも取れます。

「憎らしい」=嫉妬や嫌悪、「痛々しい」=自意識や他人からの評価、自虐的なニュアンスも強いようです。

完全に「気にしたくないけど気にしてしまう」っていう矛盾の苦しさが表れています。

SNSや人間関係で、どうでもいいはずなのに目が離せない、そんな 現代的な共感ポイントです。

そろそろ飽きた 自画自賛に (Look around!!)

自分を褒めて持ち上げることで何とか保ってた自己肯定感に、「もううんざりしてきた」と言っているようです。

自己愛やセルフブランディングが虚しく感じられてくる瞬間で、共感できる人も多いのではないかと思います。

「Look around」は、一瞬、外へ意識を向けろっというコールになっています。

自分の殻や自己ループから脱出しろっていうメッセージにも感じますね。

ライクの反対はアパシー ≒ 繋がれた証

切り離せない関係 逸らしてしまいたいわ

「like(好意)」の反対は「hate(憎悪)」ではなく「apathy(無関心)」っていうのは、心理学的にも言われている有名なことです。

無関心じゃない時点で「気にしてる=何かしらのつながりがある」ということになります。

つまり、「嫌ってるのに切れない、気になる」=執着や依存の証明でもあるのかなと思います。

切りたいのに切れない、だから見たくない、逸らしたい

自分でも整理できない感情や関係性に悩む心情がすごくリアルに描かれています。

これは所謂 ヘイトスピーチ

匿名性の声明を生命に載せてんだ

ストレートに、悪意ある言葉や攻撃的な発言を指してます。

ただ、歌詞全体の文脈を見ると、これが「他人からの言葉」だけじゃなく、「自分自身が吐いてる言葉」でもある可能性があるようにも感じますね。

つまり“誰か”に向けた攻撃のつもりが、実は自分の心を削ってるという矛盾がにじんでいるように感じる歌詞です。

「匿名性の声明」=ネットやSNSでの無責任な言葉、炎上、批判、暴言…

それが「生命に載せてんだ」=本気で人を傷つけたり、自分の人生を蝕んだりしてるってことなのだと思います。

つまり、「たかが言葉」が「命」に関わってくる、という強烈なメッセージになっています。

鳴り止まないサイレン 近づく度に痙攣

赤信号にずっと従順です。

“サイレン”は恐怖、不安、社会のストレスを表しています。

近づいてくるほどに体が反応する=精神的な限界、トラウマの兆候を感じているのかもしれません。

言葉の暴力、社会的プレッシャーに追い詰められる様子がリアルに描かれています。

「赤信号」=「止まれ」のサイン。

それに「ずっと従順」というのは、自分を抑圧し続けて、何も進めてない状態のことだと思います。

危険でもないのに、ただ「怖くて止まり続けている」という比喩かもしれませんね。

あるいは、社会の「見えないルール」に縛られてる感じもします。

大体 アナタのコト アタシ ダイダイダイダイダイキライ

OMG 情けない 最早 バイバイバイバイバイしたい

脳内も予測不能 故に 解解解解解は無い

「大体」が入ることで、少しニュアンスが変わっています。

完全な拒絶ではなく、未練とか揺れもある嫌い。

好きの裏返し的な「ダイキライ」という、人間味ある感情が見えます。

“Oh my god…”=あきれや嘆きの感情。

「情けない」のは相手?それとも自分?どっちにも取れるからこそ、関係の終わりに自他共に失望してる空気がります。

「バイバイ」も繰り返すことで、ただの別れじゃなくて呪文のような、願望混じりの切断という感じにも聞こえます。

感情がグチャグチャになり、理屈じゃ説明つかないから「解は無い」。

答えなんか出ない、ただただ混乱してる状態なのかなと思います。

ここで繰り返される「解(かい)」の語感が、理性的であろうとする自分の限界を示してるようにも見えます。

どうだい?アタシのコト アナタ ダイダイダイダイダイキライになった?

あァ 百害あって一利ナシ Nothing Not see

相手への怒りと未練がぐちゃぐちゃになって、「嫌ってくれた?」と聞いてします自意識の塊を感じます。

自分を嫌ってもいいから、なんかしらの“感情”でつながっていたい、そんな歪んだ執着にも思えます。

自分でも「関わっただけで損だった」って思っていて、「Nothing, Not see」というのは、“何もないし、見たくもない”とも読めるし、「何も見えない(=先も感情も)」ともとれます。

絶望感が静かに出ている表現です。

もしタラレバ並べてもニコチンだし

I miss youって近付いた結末は凡ミス 凡ミス

センキュー 反面教師 後味 一生消えてくんないわ

「タラレバ」=後悔、妄想。

「もし~だったら…」と考えるのはニコチン=依存性が高いのに、害しかないという比喩表現なのかなと思います。

後悔に依存して、自分を蝕んでる。

まさに苦い真実を表現しています。

「恋しい」なんて思って関わった結果が、まさかの“凡ミス”の終わり、感情を信じたのに、普通の失敗として終わった無惨さが伝わります。

感情の滑稽さすら感じさせるほど皮肉が効いている表現です。

皮肉な感謝で、「あなたのおかげで、こうはなりたくないって学んだわ」と言っているようです。

でもその経験は、“教訓”としても“トラウマ”としても残り続けていきます。

他人との決別と自分との対話

よしよし いい子ね

笑顔振り撒き パラパラ いい子ね

このフレーズは完全に皮肉で、「よしよし」というのも、まるで子どもをあやすみたいな、上から目線のなで方になっています。

「笑顔を振りまくいい子」=人に気に入られようとして無理して笑ってる姿。

つまり、「本当は無理して演じてるんでしょ?それが“いい子”なの?」という痛烈な批判になっています。

だけど だけど その本性は?

善悪の区別も付かないの?笑 はぁ。

表面だけ“いい子”を演じてる人に対して、「本当のあなたはどうなの?」と鋭く問い詰めています。

「善悪の区別もつかないの?笑」というところ、見下し+怒り+呆れが詰まっていますね。

最後の「はぁ。」は、完全に失望と疲れのため息となっています。

減点方式で取り巻く環境に巻かれて 生涯、痛い!痛い!痛い!も聞かれないわ!って

当然の報いにクラっちゃった

感情が無視され続ける孤独と絶望

ここで視点が広がり、現代社会や学校、SNS、職場など、“失敗=即アウト”の減点文化に巻き込まれている人間の悲哀が描かれています。

「一度のミスで価値が下がる」ような空気が常にある世界で、苦しんでるのに誰も気づかない。

「痛い!」と叫んでも、誰も聞いてくれないし、もう叫ぶのも諦めているようです。

まるで「こんな社会で、こんな自分でいるのが悪いってこと?」という被害者が自分を責める皮肉を感じます。

「報い」って言ってるけど、それが“当然”なんておかしいだろ、って逆説的な怒りと哀しみがあります。

人は鏡なんです

実のところ 依存は両辺です

これは心理学的にも有名なフレーズで「他人に感じることは、自分の中にもある」という話。

つまり、相手に感じるイライラや嫌悪は、自分自身の投影であることが多いということです。

「憎いアンタ=本当は自分」って気づいてしまってるように感じます。

「両辺」という言葉は、一方的に「依存してた」のではなく、相互依存でお互いが拠り所になってたということ。

それが壊れたからこそ、憎しみの対象になったり、断ち切れなくなっているのだと思います。

シャットダウンしても付き纏う

己の弱さが不甲斐ない

「もう終わりにしたい、忘れたい」と思っても、消えない。

これは記憶とか感情のしつこさを表しています。

切っても切っても消えないのは、相手じゃなくて自分の心の中に原因があるということを示しています。

自分自身への怒りが出ていて、「相手のせい」と言いながら、本当は「自分が弱かったせい」とわかっているようです。

全部 全部 アンタのせいって

反吐が出るくらいに止まんないわ

いっその事 切り離せた方が楽なのにな

「わかってるけど、やめられない」という感情の制御不能さが爆発しています。

でもこれが本音で、自分の中にある理性と感情が引き裂かれてるような、葛藤のピークを表しています。

「こんな感情ごと、全部消えてくれたらいいのに」っていう切実な祈りや、憎んでるのに忘れられない、それならいっそ無かったことにしたいという、逃げでもあり真理でもある歌詞になっています。

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まとめ

今回は雨良さんの楽曲『ダイダイダイダイキライ』歌詞の意味を考察してきました。

ボカロの楽曲は様々な考察要素が埋め込まれていることがあるので、今回私が感じた以外の仕掛けもひょっとしたらあるのかもしれません。

人それぞれの解釈で楽曲を聴くのも楽しいですし、メロディや音楽として楽しんで聴くにもいい曲だと思います。

歌詞考察,音楽

Posted by p-s