PURPLE BUBBLE『ナツメグ』歌詞の意味を考察!EP幸せのスパイス収録曲

PURPLE BUBBLEの『ナツメグ』は、2025年1月16日にリリースされた楽曲です。

この曲は、PURPLE BUBBLEの初のEP『幸せのスパイス』に収録されていて、ギターロックを基調としつつ、多彩な曲調とポジティブで温かい歌詞が特徴です。
PURPLE BUBBLEは神奈川県発の4人組ポップロックバンドで「あなたの憂鬱を吹き飛ばす」をコンセプトに活動しており、今後の活躍が期待されるバンドです。
『ナツメグ』は、TikTokで総いいね数が20万を超えるなど話題を呼び、Spotifyの「Viral 50 – Japan」やApple Musicの「HOT on TikTok」などのプレイリストにもランクインしています。
SNSなどでヒットしていますが、歌詞の意味が気になるという人も多いようです。
今回は、PURPLE BUBBLEの『ナツメグ』の歌詞の意味を考察していきます。

この記事の目次
PURPLE BUBBLE『ナツメグ』歌詞の意味を考察

ここからは、PURPLE BUBBLEの楽曲『ナツメグ』の歌詞の意味を考察していきたいと思います。
人生の意味を探し続けることの重要さと自己受容の大切さを表現
「1度生まれ落ちたら生きる意味を探して」から始まりますが、「生きる意味を探す」という表現は、人生の目的や自分が生きる理由を求めるということを表しています。
多くの人が、人生の中で一度は「自分は何のために生きているのだろう?」という問いにぶつかると思いますが、この歌詞は、「生まれてきたからには、その意味を探さなければならない」という使命感のようなものを感じさせます。
「それはそれはきっとね輝かしい世界で」の「輝かしい世界」は、希望や夢、理想的な未来を指しているのではないでしょうか。
ここでは、人生の意味を探し続けることで、きっと素晴らしい世界が待っていると信じる気持ちが表現されているように感じます。
つまり、人生の意味を見つけることは、理想的で明るい未来を切り開くことに繋がるという希望的な思いがこめられている歌詞になっています
「だけどちょっと未来が霞(かす)む時も多々ある」では、未来が不確かであることや、目指すべき方向が見えなくなる瞬間に感じる不安や迷いが表現されています。
「霞む」という言葉が示すように、未来がぼやけて見える、つまり先行きが不安であることが描かれています。
「それが僕はどうにも怖くてたまらない」では、未来への不安や恐れが強く感じられる一節です。
人生の意味を探し続けることには、必ずしも明確な答えがないため、その過程で不安を感じることは避けられないというリアルな心情が表れています。
ここで感じられるのは、その不確かな未来を恐れてしまう自分に対する葛藤や脆さです。
「自分探すよりも ありのままを愛す方がいい」では、「自己探求」から「自己受容」へとシフトするメッセージが込められています。
「自分探し」というのは、自分を見つけるために絶え間なく努力することですが、ここでは、「ありのままの自分を受け入れることの方が大切」だと気づいた瞬間が描かれています。
「ありのままを愛す」ということは、自分を無理に変えようとするのではなく、そのままの自分を愛し、受け入れることだと言えますね。
「泣いても笑っても 後戻りなんて出来やしないさ」では、過去には戻れないこと、どんなに泣いても笑っても、時間は進んでいくという現実的な受け入れが表現されています。
「後戻りできない」という言葉は、人生の決断をした後、戻れないことに対する覚悟を意味していますね。
過去を悔やんでも仕方がなく、前に進むしかないという前向きな決意を感じさせます。
ここまでの1番の歌詞では、不安や迷いがあっても、ありのままの自分を愛し、進むべき道を信じて歩んでいこうというメッセージが強調されています。
人生の意味を探し続ける中で、未来が霞んで見えることもありますが、最終的には自分を受け入れて前進することが重要だと教えてくれます。

サビはポジティブで優しいメッセージ
「あの時味わった後悔も 人生のスパイスになるだろう」では、「あの時味わった後悔」が過去に失敗してしまったことや、自分を責めた出来事を指しています。
ですがここで伝えたいのは、「後悔」も決して無駄なものではなく、むしろ人生を豊かにするスパイス(調味料)のようなものだ、という考え方です。
料理に例えると、スパイスは味にアクセントをつけたり、深みを出すために使われます。
同じように、苦い経験や悔しい出来事も、人生を豊かにするための要素になるという意味合いです。
人生の中で失敗したり、誰かを傷つけてしまったり、何かを後悔することは誰にでもあります。
しかし、それすらも「自分だけの人生の味」になっていく。
「あの時あんな失敗をしてよかった」と思える日がきっと来る、そんな前向きなメッセージです。
「あの時味わった喜びが 今歩く道の向こう照らしている」の「あの時味わった喜び」とは、人生で経験した幸せな瞬間や成功体験を指しています。
「今歩く道の向こうを照らしている」とは、過去の楽しい記憶や喜びが、未来への希望や生きる糧になっているという意味だと思います。
私たちは生きていく中で、楽しいことも悲しいことも経験します。
ですが、過去に経験した「喜びの記憶」は、未来で心が折れそうになったときの支えになることがあります。
「あの時あんなに頑張って報われたんだから、またきっと頑張れる」
「あの時あんなに楽しかったんだから、またそんな瞬間があるはず」 といった希望の光として心に残り続けるのです。
サビの歌詞は、人生のあらゆる経験(後悔も喜びも)が、未来の自分を形作る大切な要素になることを教えてくれています。
深い人生観が込められている歌詞になっています。
ここで注目したいのは、楽曲のタイトル「ナツメグ」に込められた意味です。
ナツメグは、料理の風味を引き立てたり、独特なアクセントを加えるスパイス(香辛料)です。
ここでいう「ナツメグ」は、人生における苦い経験や嬉しい出来事そのものを指しています。
苦い経験(後悔)も、甘い経験(喜び)も、すべてが人生の味付けになるというテーマを、ナツメグというスパイスに例えているのです。
2番で生きることの難しさと自分らしく生きていくことの大切さを表現
「恥を知り始めたら 生きることに怯えて」では、人は成長するにつれて「恥ずかしい」という感情を知り、それによって周りからどう見られるかを気にするようになります。
その結果、生きること自体が怖くなることを表しています。
「味のないフラットに 戻る癖がつくけど」では、失敗や恥をかくことが怖くて、何事にも積極的に挑戦しなくなってしまうことを指しています。
ここでの「フラット」とは、感情や行動を抑えて平凡で味気ない日常に戻ろうとすることを表現しています。
「誰しもが怖いもの 抱えて生きているから」では、人間は誰しも、恐れや不安、悩みを抱えながら生きていることを伝えています。
決して自分だけが弱いわけではなく、みんなが何かしらの「怖さ」を持っているのだというメッセージです。
では、「全て愛すなんてさ 野暮な話だよ」「すべてを愛せるはずだ」とか、「ポジティブでいなきゃいけない」という考えは、現実的には難しいことだという意味です。
無理に明るく振る舞ったり、すべてを愛する必要はないんだよ、という優しいメッセージが込められています。
「自分自身の価値は 誰にも決められやしないから」では、社会や他人からの評価で自分の価値を決められる必要はない、という強いメッセージです。
自分は自分自身のままで良いのだと訴えかけています。
「泣いても笑っても 君のままでいられるんだよ」は、たとえ泣いてしまう日があっても、笑える日があっても、どんな時も君は君のままでいい、というメッセージです。
ありのままの自分を受け入れることの大切さを伝えています。
「日々にヒビが入るそれだけで 何もかも嫌になる辞めたくなる」では、些細な失敗や心のダメージ(=日々にヒビが入ること)があると、すべてを投げ出したくなるような気持ちになることを表しています。
人間は時々、そういう気持ちになるものだという共感的な表現です。
「だけど世界は気にも留めず 何事も無いかのよう夏は巡る」では、たとえ自分がどんなに辛くても、世界は淡々と動き続けるという現実を描いています。
周りは自分の苦しみに気づかないこともあるけれど、それでも季節は巡り続ける。
この部分は少し冷たく感じるかもしれませんが、逆に「世界は続いていくんだから、無理して頑張りすぎなくてもいいよ」というメッセージにも取れます。
2番では、全体を通してリアルな感情と前向きなメッセージが込められています。

ラストに向けて苦しみや挫折も意味のあるものに変えていこうと歌う
「後悔の数だけ 失うものは増えていくけど」で、「後悔の数だけ失うものが増える」とは、失敗や過ちを重ねることで、人間関係・信頼・自信などを失ってしまうことを指しています。
例えば、
「あの時あんなことをしなければ…」
「あの選択を間違えなければ…」 といった後悔の念を抱えながら生きている様子を表しています。
でも、たとえ後悔の数だけ失ったものが増えても、人生が終わったわけではない。
¥むしろ、その失敗や後悔すらも、これからの人生を形作るスパイスになるんだよ、という前向きなメッセージに繋がっていきます。
「泣いても笑っても 僕はここにいるよ」は、非常にシンプルでありながら、強く寄り添う言葉です。
どんなに辛くても、嬉しくても、あなたは生きてここにいるという事実を伝えています。
泣いている日も、笑っている日も、僕は変わらずここにいるという、無条件の存在価値を肯定する言葉です。
人は、後悔や失敗を重ねると「自分には価値がない」と感じてしまいがちですが、どんな状況でも、あなたがここにいるだけで意味がある、そんな優しさと寄り添いが込められています。
「これからぶつかる 無数に連なる壁の先」では、「これから先も、たくさんの困難が待ち受けている」ことを示しています。
人生は平坦な道ではなく、壁(困難や試練)がいくつも連なっていることを描写しています。
「暗闇の中で1人もがき 負けてしまいそうな時もある」では、未来に対する不安や絶望感を表現しています。
目の前の壁に何度もぶつかり、暗闇の中で一人でもがき続けることは、誰しも経験するものです。
「負けてしまいそうな時もある」は、絶望に押し潰されそうになる瞬間をリアルに描いています。
「だけどそんな時は僕がさ 寄り添い愛を歌うよ」は、この楽曲最大の救いのメッセージが込められているように感じます。
もしあなたが挫けそうになったら、僕がそばで寄り添い、愛を歌うからね、という、強くて優しいメッセージです。
「僕」という存在は、誰かの人生の希望の光となることを誓っています。
「それが僕にとっての 生きる意味だから」では、愛を届けること、誰かの支えになることが、自分の生きる意味であると語っています。
自分が生きている意味は、誰かを救うことで、たとえ自分自身が苦しくても、誰かを励ますことで自分の生きる意味を見出している、という深いメッセージが込められています。
最後に「光差す道の向こう目指して行こう」では、どんなに後悔や困難があっても、光が差す未来を目指して生きていこうという前向きなメッセージに帰結しています。
「光差す道の向こう」とは、未来の希望や幸せを指しています。
過去の後悔や喜びすべてを糧にして、前を向いて生きていこうと鼓舞しているように感じます。

まとめ

今回はPURPLE BUBBLEの楽曲『ナツメグ』の歌詞の意味を考察してきました。
ナツメグ(スパイス)=人生の苦味と甘味で、ナツメグというスパイスは、料理の味を深めるものです。
つまりこの楽曲は、「後悔(苦味)」「喜び(甘味)」その両方が人生の味わいを深めてくれるという人生哲学を表現しています。
さらに誰かのそばで寄り添い続ける愛も歌い、「誰かの生きる希望になりたい」「誰かの苦しみを和らげたい」
という、強い愛のメッセージも感じます。
人生の苦さも甘さも全部受け入れて、たとえ辛い日があっても、誰かが寄り添い続けてくれるから、未来の光を目指して歩いていこうといった、優しくて力強い楽曲でした。








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